般若院

公開日 2013年11月01日 00時00分

最終更新日 2016年08月09日 15時24分

般若院=はんにゃいん(根町)

DSC09004般若院

根町にある天台宗般若院(金剛山観仏寺)は、天元元年(978)に道珍法師によって創建されたとされています。
当初は貝原塚町に創建されました。
その後、大永4年(1525)に現在の場所に移されました。
そのときの住職が考観法印で、小野(現稲敷市・旧新利根町)の天台宗逢善寺十二世尊雄の子です。
このときに諸堂も建てられ、寺院として整いました。

当時の城主・土岐山城守は、天正年間(1573~1592)、山内(現美浦村)に顕密両界の阿弥陀堂、観音堂を建立して村人たちの信仰を集めており、般若院はその祈願寺でした。
その後、仙台の伊達陸奥守の所領となり、寛永5年(1628)には、伊達家代々の位牌所の御朱印として3石を受けています。

また中興開山より5代目にあたる朗月晃順法印は、寛永年間(1624~1644)、後水尾天皇より勅命として法談を命ぜられ、別格寺の待遇となり、小野の逢善寺の末寺二百余カ寺の筆頭となっています。
さらに、3代将軍・徳川家光のとき、雨乞いで江戸の大干ばつを救ったとして「虎の尾」を拝領しています。
また晃順法印は、農地開発をし貯水池を作った人としても知られ、光順田という地名が今でも龍ケ崎には残っています

12世の義堂法印は、大永・天正年中に造営した諸堂の改築と、当時別当をしていた愛宕山の社殿を12年もかけて建立しています。
般若院を中心に、東に大文字山(竜ケ崎二高のある高台)、西に愛宕山、その間に白幡台(竜ケ崎一高のある高台)があり、京都の地形にならって作られ、このあたりはすべて寺領で修験道の道場と思われ、この地方の信仰の中心であったとも言われています。

その後、栄華を極めた般若院も安政3年(1856)の大暴風により阿弥陀堂・鐘楼堂・本堂を残して倒壊しました。
再建されたのは昭和38年です。

現在、大師堂には伝教大師と弘法大師が安置されています。
観音堂には霞ケ浦から引き上げられたとされる聖観音が安置されています。
銅が細く、インドの像に似ているそうです。
子育て観音として信仰を集めています。

なお、龍ケ崎の鎮守の八坂神社も、以前は般若院の所にあり、別当を般若院が務めていました。
八坂神社の祇園祭には、般若院の前に御仮屋が建ち、撞舞もすぐそばで行われています。

シダレザクラ

本堂裏手にあるシダレザクラは、樹齢は推定400年、樹高約10m、目通り幹囲約5m、枝張り東西約15m・南北約22mの巨木です。
エドヒガン(江戸彼岸)の園芸品種で、県の天然記念物に指定されています。
お花見の時期には、近隣から大勢の人がこのサクラを見に般若院を訪れます。

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