金竜寺

公開日 2013年11月01日 00時00分

最終更新日 2016年08月09日 15時24分

金竜寺=きんりゅうじ(若柴町)

金竜寺1金竜寺2

市の北西部若柴町の丘の上にある曹洞宗の寺です。山号は太田山。
元享元年(1321)、新田義貞の創建、天真禅師の開基と伝えられています。
義貞の死後(1338)、新田氏の流れを汲む岩松氏が義貞の菩提を弔って諸堂を修営し、寺観を整えたとされています。
寺宇は、本堂やかや葺きの庫裏、羅漢堂・山門などを備えています。

新田氏歴代の菩提寺で、はじめ上州新田郡(群馬県太田市)にありましたが、天正18年(1590)、義貞の子孫由良国繁が太田金山城から牛久に国替えになったときに、寺も一緒に移ってきました。
由良氏は元和7年(1621)、当主・貞義に嗣子がなく急死したため、寺は徳川2代将軍・秀忠の保護もあって存続しました。
寛文6年(1666)、現在の場所に諸堂の新築がなされ寺基が移されましたが、天保年間(1830~1843)に火災に遭い、再建されたものが現在の本殿です。
このとき造営に当たった職人の名が板に書かれて保存されています。
後に檀家によって大修理が加えられています。

絹本着色十六羅漢像(けんぽんちゃくしょくじゅうろくらかんぞう/国指定重要文化財)

画聖・李竜眼の作で、曹洞宗開祖道元禅師が宗(中国)に渡って天龍山で修行を積み、安貞元年(1223)に帰朝する際に南宗の理宗皇帝から賜ったものです。
はじめは曹洞宗の本山・永平寺にありましたが、その後、鎌倉の北条氏が保有し、鎌倉幕府滅亡の時(1333)、新田義貞が戦火の中から持ち出して金竜寺に寄せたとされています。

羅漢図の表現は、繊細な描線で謹直に描かれ、特に服飾に見られる諸色金泥を用いた精巧な文様が特色です。
概して描法は和風化され、16幅そろった羅漢図の古作として当地きっての作品であり、美術的価値は高く評価されています。

現在は県に寄託しているため、ここで見ることはできないのが残念です。

 

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