市消防団の沿革

公開日 2013年11月01日

最終更新日 2013年11月01日

龍ケ崎市消防団は昭和29年3月20日、龍ケ崎町外六ケ村が合併し龍ケ崎市となる。

同時に消防団も統合され、7支団51分団、2、065名をもって組織する。

昭和32年組織の合理化を図るため支団制を廃止し、一部分団の統合を図り33分団、1、260名の組織とした。

昭和36年龍ケ崎市消防団常備部設置審議委員会を発足し、翌昭和37年に龍ケ崎市消防本部が設置された。

昭和39年抜本的な改革を行い、10分団、団員は700名をもって組織し、機械器具はポンプ自動車10台、小型動力ポンプ29台となった。

昭和50年龍ケ崎市外3町5村をもって、稲敷地方広域市町村圏事務組合消防本部を発足する。

昭和53年には、ポンプ自動車9台、小型動力ポンプ27台、団員は570名となった。

平成元年に、ポンプ自動車8台、小型動力ポンプ付積載車26台、団員定数550名となった。

平成5年に、消防団長波の無線局を開設し、運用を開始した。

平成24年に、ポンプ自動車9台、小型動力ポンプ付積載車24台、団員は508名となった。

平成25年に、第6分団6部(板橋)と7部(大塚)が合併。ポンプ自動車9台、小型動力ポンプ付

積載車23台、団員は510名となった。

写真でみる市消防団の歴史

「写真集 龍ケ崎 ふるさとの今と昔」

(昭和56年10月25日竜ヶ崎青年会議所発行)より転載

◎消防出初式

desomeshiki.jpgdesomeshiki-kaisetsu.jpg

desomeshiki-housui.jpg

desomeshiki-housui-kaisetsu.jpg

◎操法大会

souhou.jpg
秋季合同演習 昭和26年に11月に行われた茨城県消防協会竜ヶ崎支部秋季合同検閲、

竜小校庭での操法大会の様子。この大会は、ポンプにホースをつなぎ放水するまでの手順を

競うものである。

出来事

明治16年1月18日

繁華街から出火し、折からの西風で447戸が全焼した。

明治40年8月26日

利根町地内で小貝川が決壊し、浸水地区は16町村にわたり家屋の流出8件、浸水家屋3、202戸、田畑の浸水が7、439ヘクタールに達した。

昭和10年9月26日

小貝川下流龍ケ崎市高須橋付近で堤防が決壊し、12、000ヘクタールの田畑が浸水し、多大の損害を被った。

昭和13年6月

佐貫町牛久沼の堤防が決壊し、14、000ヘクタールの耕地が浸水した。

昭和16年7月

牛久沼が氾濫し、10、000ヘクタールの耕地が浸水した。

昭和50年4月4日

林野火災が発生し、6時間後に鎮火したが、17ヘクタールを焼失した。

昭和56年8月24日

台風15号の大雨により高須橋付近の小貝川が決壊し、他町村でも河川の氾濫をもたらした。これにより、2、691ヘクタールの田畑に冠水被害、家屋半壊42棟、床下浸水1、278棟、負傷者3名の被害が発生した。

平成6年2月15日

日本消防協会より最高栄誉賞「まとい」を受賞した。

平成9年8月21日

自衛隊ヘリコプターと民間セスナ機が空中衝突し墜落炎上,死者3名の被害が発生した。

平成21年10月8日

台風18号の影響による竜巻が大徳町付近で発生した。これにより、東西約200メートル、南北約4.5キロメートルの範囲で、負傷者4名、家屋の半壊16棟、一部損壊107棟の被害が発生した。

平成23年3月11日

東日本大震災が発生した。当市の震度は5強で、人的被害として死者1名他負傷者5名、建物被害では、全壊1棟、半壊80棟、一部損壊は7、700棟超であった。また、ライフラインでは、水道の送水管が破損したことにより数日間の断水が発生した。

お問い合わせ

危機管理室課
TEL:0297-60-1514