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キツネの恩返し

更新日:2018年3月1日

キツネの恩返し

ちょっと悲しい昔話「キツネの恩返し」。
全国的に知られる有名なこのお話は、実は龍ケ崎市にある女化神社(おなばけじんじゃ)に伝わるお話です。
女化神社では、あちこちに狐の姿を見ることができます。


ある日、忠七(ちゅうしち)という農夫が、狩人(かりうど)に狙われていた白狐をみて気の毒に思い、咳(せき)払いをして助けてやります。
狩人には手持ちの金を渡して許してもらい、家に帰りました。
その晩、50歳くらいの男と20歳くらいの女が「一晩の宿を貸してください」と訪ねてきました。
忠七親子はふびんに思い泊めてあげます。
翌朝、女は泣きながら「私は奥州岩城郡(おうしゅういわきぐん)の者で、鎌倉の叔父(おじ)を訪ねるのに家来とともにここまで来ましたが、夕べ寝ている間にその家来がお金を持って逃げてしまいました。しばらくここにおいてくれませんか」と言います。
優しい忠七親子が家においてあげると、女は田畑の仕事や針仕事など何でも良くやり、とてもきれいな娘でもあったので、忠七親子はたいへん気に入り、結婚することになりました。
やがて8年の歳月が過ぎ、2人は7歳のお鶴を筆頭に5歳の亀松、3歳の竹松の3人の子に囲まれて暮らしていましたが、母となった女は実はかつて忠七が助けた狐。
ある日子どもを昼寝させているときに自分もウトウトして、ついうっかりしっぽを出してしまったのです。
子どもにしっぽを見られてしまった女は、この家を出ることを決意しました。
かわいいわが子と別れるつらさ、その気持ちをうたった「みどり子の母はと問はば女化の原に泣く泣く伏すと答へよ」の歌が残されています。
女は末っ子の竹松の帯にその歌を書いた紙を結びつけて、根本が原に帰りました。
寂しくて仕方がない子どもたちと忠七。
戻ってきてほしい、せめて顔を見せてほしいと何度も根本が原を訪れ、女は一度だけ巣穴から顔をのぞかせましたが、すぐに奥へ入ってしまいました。
女の決意の固さを知った家族はあきらめて家に帰り暮らしましたが、子どもたちはそれぞれ立身出世して、立派に生きたそうです。
この伝説から、根本が原は「女化の原」と言われるようになりました。
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